お侍様 小劇場

  “本日は手持ち無沙汰vv (お侍 番外編 89)
 


この春は天候がなかなか落ち着かず、
いつまでも去らぬ寒さと日照不足から、
キャベツやレタス、ホウレンソウといった葉もの野菜の高騰が続く。
温室栽培のキュウリやトマトも、品種によっては打撃を受けているそうで、

 “苗がなかなか出回らなかったのも、そのせいらしいですしね。”

家庭菜園を楽しむご家庭の、夏場の“定番”作物であるキュウリやトマト。
手入れが簡単だとはいえ、さすがに初心者には種からというのは難しく。
大概はある程度まで育った苗を買って来るのが失敗しないセオリーなのだが、
その肝心な苗が、今年はなかなかお目見えしなくて。
ホームセンターの担当のお兄さんによれば、
それもまた野菜全般の不作と同じ理由だとか。
やっとのことで見かけたキュウリを買って来て、
さて今年はどの辺に植えましょかと。
常緑の生け垣以外はあんまりいじらぬ、
荒れてはないながら…どちらかと言や殺風景なお庭を眺め回しておれば、

 「………おや。」

平八の、笑い猫を思わすその目許をぱちりと瞬かせたのは、
その生け垣の向こうに隣人の姿が眸に入ったから。
そちらのお宅はこっちとは全く趣が異なり、
主にはお花をあれこれと、季節に合わせて育てておいで。
お家の管理全般を預かる主夫がそれは丁寧な手入れを行き届かせており。
今時だとツツジやサツキ、シバザクラが咲き始め、
サクラや桃、アジサイの葉が元気よく生い茂る頃合い。
別の大きな陶器の鉢にはカラーまで育てておいでながら、
ボタンやシャクヤク、はたまたバラや盆栽の梅などといった本格的なものは、

 “始めれば際限
(キリ)がないほど手がかかるそうなので、
  他へ手が回らなくなると、そんなお言いようをなさってましたっけね。”

基本、放っておいても問題ないものしか扱ってませんてなんて仰せだったが、
関心はあったということかなぁなんて。
もしかせずとも“緑の指”の持ち主だろう園芸名人、
丹精されたお庭の主の姿をお見かけしたもんだから。
ついつい境目の生け垣へ歩みを運ぶ平八だったが、

 「……シチさん?」

くせのないつややかな金の髪を、うなじ辺りにしっかと束ねておいでなのは、
後れ毛が浮かないようにという作業モードでおいでの証拠。
だっていうのに、何だか惚けたように ぼんやりと。
そちらもこの春はなかなか育たなんだらしいのが、
やっと蕾を揃えているお花の一群がお行儀よく居並ぶ、
花壇の一角の手前へしゃがみ込んでおいで。
話相手がいないのでという、いかにも手持ち無沙汰な様子にも見えたが、

 “確か…。”

車を出す音は聞こえたので、ああ勘兵衛さんは今日も日曜出勤かと拾えたものの。
もう一人の家人は…毎朝の習慣としている竹刀の素振りをしていたのを見て以降、
出て来た様子はなかったから在宅のはず。
何もじっと見守ってなくたって、
わざわざのお見送りにと玄関先まで出てくる、
この美丈夫さんの晴れやかな送り出しのお声でそれと判るからで、
だが今朝は確か聞こえなかったのになぁなんて。
そんなこんなを思い起こしていた平八へ、

 「ヘイさん。」

微妙にワンテンポずれてのお返事をして来たところも、
微妙に様子のおかしい七郎次だったものの。
すっくとなめらかに立ち上がった動作といい、顔色といい、
体調が悪いというよな様子でもなし。

 “そうだったなら、
  あの久蔵さんや勘兵衛さんが放ってはおきませんよね。”

この七郎次の繰り出す“至れり尽くせり”には到底及ばぬ…どころじゃない、
そんな彼からの微に入り細に入りという構いつけに慣らされたお陰様だろう、
ここほど物資も豊富で 整頓も管理も行き届いているお宅はないというに、
急な御用で七郎次が出掛けてしまったとある日なぞ、
とげ抜きを探すのにリビングと洗面所と、
あわやキッチンまでもを引っ繰り返しての大捜索となった末、
結局は隣家まで借りに来たほどだったし。
レトルト食品を箱のまま電子レンジに入れたり、
ある日なぞは生卵を入れたせいで、
何でも丁寧に使うお家のはずが、
ほんの数年の間に3台ほどレンジを買い替えてもいる…といった、
半端じゃない等級の“物知らず”に陥っている男衆たちであり。
(ちなみに、とげ抜きの定位置としての正解にあたる“救急箱”は、
 湿布と塗り薬と体温計しか入ってないだろうとの決めつけから、
 蓋さえ開けられなかったらしい。)

  そんな彼らは、だが、
  日常生活に限って、
  ただただ何も出来ない殿御と化していた訳ではないらしく。

ジャムのビンの蓋が堅いのでと、
力みかかる前に その手から取り上げて、
代わりに開けてくれるのが勘兵衛ならば。
ひゅるんと吹き抜けた風へ思わず肩をすくめれば、
ささっと寄って来ての潤んだお目々で見上げて来、
早くお家へ入ろうと目顔で諭す久蔵だとも聞いており。
仕事や学業への集中に専念せよと七郎次が取り計らってくれてのお陰様、
とことん無頓着で物を知らない人間になったように見せながら、
実をいや…ただ単に七郎次へと集中が偏っているだけじゃあないかと、
このご家庭を知るものは皆、薄々気づいてもいるのが現状なので。

  となると、

誰もいないのならいざ知らず、
久蔵が在宅であるからには。
体調にせよ気分やご機嫌にせよ、
特に様子がおかしい彼ではないということだろし。
だっていうのに、人一倍 働き者な七郎次がこんな風にぼんやりしているなんてと、
そこが不審でしょうがない平八だったのへ、

 「おや、キュウリですか?」

そうか、そろそろそういう時期でしたね。ヘイさんやゴロさんが育てる野菜はどれも美味しいから、おすそ分けが嬉しいんですよね。こないだからいただいてるキヌサヤも煮物には重宝しておりますし。でも、そうそう今年は赤ジソが不作かも知れなくて、梅干しを漬けるのに困らないかなぁと…。

 「シチさん、お暇そうですね。」
 「…っ。」

言っていいものかどうしたものかと一応はこれでも迷ったのだが、

 「赤ジソの話はこないだ聞きましたもの。」

話題が豊富だからこそ混乱しちゃうものだろに、
シチさんに限っては、
同じ相手へ同じ話をするなんて まずはあり得ませんと。
確たる証拠として突き付ける平八へ、

 「いやそんな…。」

アタシだってそういううっかりはしますってと、
誤魔化しかけたもののそれも続かず。
というよりも、
平八ほどのご近所で仲良しさんにまで
取り繕うことはなかろと思い直したらしい。

 「お察しの通り、実は暇なんですよ。」
 「?? 何でまた?」

察しはしたが、何でかという前提までは思いつかなんだ平八が訊けば、
ちょいちょいときれいな手を小さく振っての手招きをする。
周囲には特に誰という人影もないけれど、
口外したくないという意思表示らしいと酌み取って従えば。
更にお耳を拝借と、白いお顔を寄せて来る彼で。
花壇の傍にいたからじゃあなかろう、
その懐ろや髪へ柔らかで甘い匂いをふんわりとまとった君が囁いたのが、

 「久蔵殿が、キッチンに籠城してましてね。」
 「あ…っ。」

はっとした平八が咄嗟にお顔を振り向ければ、
七郎次の表情もいつの間にやら擦り替わっており。
手持ち無沙汰でどこか途方に暮れてたはずが、
こちらをじっと見据えての、
だが口許にはうっすらとした笑みが浮かんでいるのが、
綺羅らかな青い瞳の透き通りようと マッチしていての、なかなかに莞爾。

 「ヘイさんたらアタシに隠し事だなんてひどいでしょうよ。」
 「イヤだなぁ人聞きの悪い。」

微妙に芝居がかっての、今度は急につんけんとした素振りになった七郎次であり、
それへとの付き合いよく、平八がこりゃ参ったねと後ろ頭へ手をやった。
というのも、

 「今年はケーキ以上を頑張るって言って来たのを、
  あのゴロさんが感じ入らないワケがないでしょうよ。」

昨年はシフォンケーキのしかもデコレーションまで頑張った久蔵殿が、
そんな風に言って来たのが、連休が明けたばかりのほんの先一昨日だったから。

 「都合3日弱で試作品を1品ずつ。
  あのクールビューティな剣豪さんが、
  ケーキとは勝手の違う煮炊きものを、
  初めてだろうに そりゃあ真剣に構えて、
  こつこつ作ってったなんて、可愛いじゃありませんか。」

移植ごてを包丁に見立ててか宙で振って見せた平八へ、

 「だから。」

丁度間近にまで寄ってたその上へ、
微妙に身をかがめた七郎次が、
そのままぐんと…ますますお顔を寄せて来たものだから。
話の流れからしても妙に凄みを帯びて見えたものの、

 「その“可愛い”ところを、ちいとも見せてくれないんですもの。」
 「………………おや。」

今年はお料理するからと言われたそのまま、
お昼ご飯のオムライス、作って食べて、後片付けを終えた早々に、
キッチンから追い出されたのが残念で残念で。
基本、お粉を混ぜて焼くだけのケーキとは、
勝手が違うってのはアタシにだって判ってまさぁ。
だからこそ、

「包丁自体は何とか扱えても、野菜が妙に大きめの乱切りになってしまって困ったり、味見をすればするほど味が判らなくなって小首を傾げたり、不慣れなりゃこそのそんな愛らしいところを見たかったのにぃ。」
「シチさん…。」

過保護な手出しや口出しはしませんからと、
言ったけど聞いてもらえなくって。
詰まんないったらありゃしないとか、
ヘイさんだけ堪能したんですね、ずるいとか。
どこまで本当の本心かという懸念もなくはないけれど、
単に案じている訳では無さそうな言いようを並べるおっ母様なのへ、
おいおいと呆れ顔を向けてしまった平八の耳へと届いたのが、

  ―― 久蔵、平たい飯台はどこに仕舞ってあるのだ?

微妙に乾いた感のある印象の、
だがだが、そんな癖まで込みで、
低められると甘くも響いていいお声が。
何とも日常的、且つ所帯臭い一言を紡いだのが確かに聞こえて。

 「……今、勘兵衛さんのお声もしませんでしたか?」
 「ええ。」

肩をすくめた七郎次であり。
ついさっき、久蔵殿から背中を押されてキッチンから出て来たところへ、
外出先から戻って来た勘兵衛だったそうで。

 「あたしもてっきり今日は出勤だと思ってたら、
  築地へ行ってただけですって。」
 「……ははあ。」

もっと正確に言うならば、
宗家・駿河の草の皆様が、
向こうのご当地で揚がったばかりの海の幸やら、
そちらもやはり新鮮な朝どり野菜やら。
たんと届けてくださってたのを受け取りにと出掛けていただけ。
彼らがここまで配達にと押しかければ、
周辺の住人の方々へは誤魔化せても、
肝心な七郎次に早々とタネが割れてしまうのでと、
そんな計らいにした彼らだったそうで。

 『まま、今日のところは儂らに任せておれ。』

今日のところはと言われ、そこでようやく あっと気がついたのが、

 「母の日だったんですねぇ、今日って。」

彼が向かい合っていたのが丁度、
まだ蕾ばかりながら、
赤いの白いのと選り取り揃ったカーネーションの群生で。

 “こっちに来てからの毎年だけじゃあない。
  木曽においでだった頃だって、
  色々とねぎらって下さいましたものね。”

実の両親を早くに亡くしたことから、
祖父母の手元で育てられていた久蔵は、
少しでも長い休みになるとわざわざ逢いにくる七郎次を、
それはそれは慕っており。
気がつけば…母親扱いしてのことだろか、
母の日間近いGWには特に、
お花を摘んだり絵を描いたりして、贈ってくれたの思い出す。

 “ありがたいことですよね。”

思えば、七郎次もまた、本当の母こそ早くに亡くしたが、
その後に引き取られた駿河の宗家では、
勘兵衛の母でもある大奥様から、それは愛でられての大切に育てられた。
ただ可愛がるばかりじゃあなくて、
作法や行儀も叩き込まれたし、
子供らしいささやかな無茶をしてのこと、怪我でも負おうものならば、
皆がどれほど案じたかとそれはぴしゃりと叱られもした。
今となっては、
早逝した母たちを悼むしか出来ぬ身が切ないと。
まだ開きかけのカーネーションがゆらゆら風に揺れるのを、
寂しげな笑顔になって見入っていた七郎次であったらしいのだが、


 「……七郎次、すまぬ。オーブンの設定が分からぬのだ。」
 「あ、は〜い。」


祝う本人へ訊いては何にもならぬと思うたか、
その広くて雄々しい背中へしがみつき、精一杯引き留めようと踏ん張っている、
ジャージ姿の次男を…軽々と背負っての引き摺って来たという格好で。
ワードローブらしきテーラード・シャツとトラウザータイプのズボンに
エプロンを重ねたという、
微妙にアンバランスないで立ちの勘兵衛が、
リビングの掃き出し窓のところまで出て来たものだから。
ありゃまあとの苦笑を零しつつ、

 「ちょっと行って来ますね。」

話相手になってくれてた平八へ会釈を送ってから、
家のほうへと戻って行った、島田さんチのおっ母様であり。
これでは何にもならぬと珍しくもそれと判るほど膨れる久蔵を、
まあまあと当事者の七郎次が楽しげに宥め。
そうは言うが失敗してはどもならぬと、
それなり諌めているらしい勘兵衛の、
相も変わらぬ鷹揚そうな態度とが相俟って、
いかにも仲のいい御一家の図となっており。
リビングへと直接上がってった母上迎えた男衆二人、
自分たちの方から“キッチンから離れてて”としたくせに、
実のところは姿を観にと逢いに来たんじゃあなかろうか。
平八がそうと感じたほどに、あまりに手際よく攫ってった彼らでもあり、

 「…何だか ちっと妬けますねぇvv」

勘兵衛殿まで一緒になって、なんてまあ可愛い人たちだことと、
取り残されたカーネーションたちと共に、
苦笑が絶えなかった平八さんだったそうでございます。


  HAPPY MOTHER'S DAYvv




  蛇足のおまけ

  五郎兵衛さんから教わった、母の日Ver.レシピ一覧。

  ・カツオのたたき、土佐酢風味、
  ・一口サイズの手鞠寿司(サーモン、エビ、ヒラメ、小鯛)
  ・骨つき手羽元のほっくりグリル甘辛煮
  ・チンゲンサイやキヌサヤなどなど、
   季節の青物と豚肉の、回鍋肉風 五目炒め
  ・はまぐりのお吸い物
  ・スパイスの利いた、トマトとサニーレタスのサラダ
  ・イチゴとラズベリーのスポンジ・ショートケーキ


 「うあ、この手羽元 お箸で身がほぐせますね。
  それに、今年のケーキはシフォンのじゃあないんですね。」
 「……………。//////」
 「あ、このお鮨は、酢の加減が懐かしいですねぇ。
  もしかして勘兵衛様が酢飯を担当されましたか?」
 「ああ。おふくろがこれだけはと、
  ちらしや稲荷は手づから作っておったからな。」


  「こんな美味しいのをいただいてしまったら、
   明日からどんなご飯を作ればいいのやらですね。」
  「〜〜〜〜。////////」


あんまり褒めると久蔵殿が板前修行をしかねませんぞ?
天然さんな母上の言うこと、他意はないとしたって、
そこは周囲の皆様で 十分なご配慮を。
(苦笑)




   〜Fine〜  10.05.09.


  *本当に必要だったものか、
   下着(アンダーウェア)の詳細な設定まであった割に、
   主要キャラの血液型だのお誕生日だのの設定はなかったところが、
   『侍七』の不思議なところで。
   そんなせいでか、この手の記念日はついつい拾ってしまいますvv

   年齢設定の方は、平均年齢の高い主役たちだったので、
   むしろ曖昧な方が…いっそ自由が利いてた方がいいとしても、(こら)
   誕生日は…短期集中的なお話だったから要らないとされたのかなぁ?
   昔々、やっぱりサムライを冠していた人気アニメが、
   同人界でのブレイクを先読みしてか、
   料理好きだの兄弟が何人いるだのと、
   細かい設定を先んじて打って出てたのとは対照的だなぁ。

めーるふぉーむvv ご馳走様でしたvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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